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東京地方裁判所 昭和44年(刑わ)5200号 判決

被告人 阿部正行 外三名

主文

1  被告人河津を懲役一年二月に、同沖岡を懲役一〇月に、同阿部を懲役九月に、同山本を懲役八月に処する。

2  未決勾留日数中、被告人沖岡に対し八〇日を、同阿部に対し四〇日をそれぞれその刑に算入する。

3  この裁判確定の日から、被告人河津に対し三年間、同沖岡、同阿部、同山本に対し各二年間、それぞれその刑の執行を猶予する。

4  被告人らに対する各暴力行為等処罰に関する法律違反の公訴事実中、和田正卓および根岸千明に対し数人共同して暴行を加えた旨の事実を除くその余の事実に対する公訴を棄却する。

理由

(認定事実)

被告人らは、早稲田大学全学共闘会議派の学生に対抗してかねてから東京都新宿区戸塚一丁目六四七番地同大学四号館に立てこもつていた学生を実力で排除し、同館を右会議派学生の支配下に置こうとして、以下のような行為をした。

第一、被告人河津は、占拠学生の抵抗があるときは殴打するなどしてこれを排除する目的のもとに、昭和四四年九月一五日午前三時半ころから同四時半ころまでの間、同大学一九号館二階二一九号室に右全学共闘会議を支持する学生ら四〇数名を集合させて班編成を行ない任務分担、攻撃方法などを指示するとともに同所に準備してあつた樫棒や角材を配布したうえ、右四号館付近まで移動させ、もつて他人の身体に対し多数共同して害を加える目的をもつて兇器を準備して人を集合させた。

第二  被告人阿部、同山本、同沖岡は、第一のとおり、全学共闘会議を支持する学生ら四〇数名が、殴打するなどして占拠学生の抵抗を排除する目的で、樫棒や角材を携えて集合移動した際、樫棒や角材の準備があることを知つて右集団に加わり、もつて他人の身体に対し共同して害を加える目的で兇器の準備があることを知つて集合した。

第三  被告人らは、右四〇数名の学生らと共謀のうえ実力で占拠学生を排除しようと企て、前同日午前四時半すぎころ、右四号館内で、それぞれ数名の学生らにおいて、同館二階に泊り込み中の和田正卓および根岸千明に対し、所携の麻ひもで両手をしばつたり、目かくしをしたりして、強いて同館一階第一、第二法学部事務所へ連行するなどの暴行を加え、もつて数人共同して暴行を加えた。

(証拠)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

一、第一と第二の共同加害の目的について

前示供述証拠中には、四号館占拠の学生らが抵抗する場合には、樫棒や角材で殴打するなどしてこれを排除することも辞さない旨の供述があり、また、前示関係証拠によると、当時被告人らを含む全学共闘会議派の学生らと四号館占拠の学生らのグループとは相当程度に反目抗争の関係にあつて、後者が抵抗する可能性は高かつたこと、現実に右の後者は樫棒あるいは角材で殴打するなどの暴行を受けていることなどの事情がうかがわれ、これらを総合すると、被告人らを含む四〇数名は判示のように共同加害の目的を有していたことを認めるに十分である。

二  第三の事実について

暴力行為等処罰に関する法律一条にいわゆる共同暴行罪については、二人以上の者が暴行の実行行為をした以上、その共同謀議に加わつた者についても共同正犯が成立すると解するのが相当である。

(法令の適用)

罰条

第一の事実(被告人河津について)

刑法二〇八条の二第二項

第二の事実(被告人阿部、同山本、同沖岡について)

刑法二〇八条の二第一項、罰金等臨時措置法三条一項一号(いずれも懲役刑選択)

第三の事実(被告人らについて)

和田、根岸に対する各共同暴行につき、それぞれ刑法六〇条、暴力行為等処罰に関する法律一条、罰金等臨時措置法三条一項一号(いずれも懲役刑選択)

併合罪の処理

被告人河津に関しては第一と第三の罪につき、その余の被告人に関しては第二と第三の罪につき、それぞれ刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(被告人河津については犯情の最も重い第一の罪の刑、その余の被告人については刑期および犯情からして最も重い第三の和田に対する共同暴行の罪の刑に加重)

未決勾留日数の算入(被告人沖岡、同阿部について)

刑法二一条

刑の執行猶予(被告人らについて)

刑法二五条一項

訴訟費用の処理(被告人らについて)

刑訴法一八一条一項但書

(情状)

イ  本件は、早稲田大学法学部における学生運動の主導権をめぐる争いから生じたものである。すなわち同学部では、昭和四四年六月ころより、いわゆる大学立法問題についての闘争方針に関連して、同学部学生大会規約問題などをめぐり、いわゆる日本民主青年同盟(民青)系の学生が指導権をもつ同学部学友会執行部と、被告人らが属し又は支持する法学部共闘会議ならびに法学部闘争委員会とが鋭く対立していた。同年七月一〇日ころから、法学部共闘会議派の学生らは、同会議系の学生らが主催した同学部学生大会の決議にもとづき、同大学四号館を封鎖して立てこもつていたところ、同年八月二六日ころ、いわゆる民青系とみられる学生らが右四号館に押しかけ、同館内にいた右共闘会議派の学生らを追い出して立てこもつた。そこで、被告人らは、これを奪還するために本件犯行に及んだものである。この犯行の動機・原因は無視できないこと。

ロ  被告人らは、積極的にリンチを加える意図ではなかつたこと。

ハ  被告人らには、その将来の行動についての自覚が期待できること。など。

(一部公訴棄却の理由)

被告人らに対する各暴力行為等処罰に関する法律違反の公訴事実の要旨は、

「被告人らは学生ら四〇数名と共謀のうえ、昭和四四年九月一五日午前四時三〇分すぎころ、東京都新宿区戸塚一丁目六四七番地早稲田大学第四号館に泊り込み中の和田正卓ら約二〇名の学生に対し、共同して、所携の麻ひもで両手をしばつたり、目かくしをしたりしたうえ、強いて同館第一、第二法学部事務所へ連行するなどの暴行を加えた。」

というのであり、検察官は、右は被告人それぞれにつき包括して暴力行為等処罰に関する法律一条にあたる旨主張する。

前掲証拠によると、被告人らは、判示被害者二名を含む二〇数名の四号館占拠の学生らに対し、判示の方法で暴力行為等処罰に関する法律一条のいわゆる共同暴行を行なつたことがうかがわれる。

ところで、この共同暴行罪は、本件のように同一場所で同一機会に複数の者に対して実行され、かつその態様を同じくする場合であつても、人身に対する犯罪として、被害者ごとに一罪が成立すると解するのが相当であるから、本件は被害者の数と同数の事実について公訴の提起があつたものというべきである。

本件において、検察官が特定した被害者は、判示の二名だけであつて、その余の被害者については、全証拠をもつてしても、その氏名等はもとよりその数すらも確定できない。すると、本件公訴事実中、右のように特定しうる二名に暴行を加えた事実を除く部分すなわち約一八名の学生らに対し暴行を加えたという部分については、この点においてすでに訴因の数が特定していないということになる。本件公訴事実を右特定しうる二名を含めた「二〇名」の学生らに暴行を加えたという事実と解するとしても、前示のように被害者は二〇数名に及ぶから判示の氏名の明らかな二名を除く被害者一八名に暴行を加えたとの部分については、被害者らの中のどの一八名に対する暴行につき公訴の提起をしたものであるかが不明であり、この部分についての公訴の提起は、この意味においても訴因の特定を欠くことに帰するといわなければならない。

したがつて、本件公訴事実中、判示の被害者二名に暴行を加えたとの事実を除く部分については、訴因の明示を欠く結果公訴提起の手続がその規定に違反して無効であるものとして刑訴法三三八条四号により公訴棄却の言渡をする。

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